プロローグ
私がたどり着いた「寝かせてお金を増やす方法」
ガラガラ......ピッシャーン!
そのとき、私は雷に打たれたような気がしました。
当時20代後半だった私は、某IT企業の中堅社員。自社製品の販売企画の仕事が正念場を迎えていて、連日、夜遅くまで残業が続いていました。
一方で、私はコンビニで買ったマネー雑誌を読んで、投資に手を出していました。
マネー雑誌におすすめと書いてあった会社の株は、理由もわからぬまま値下がりを続けていました。
気になる......気になる......。
仕事をしていても、どうしても株のことが気になってしまいます。いちだんと株価が下がったとき、私はどうにもこうにも恐ろしくなってしまい、上司の目を盗んでトイレにかけこみました。ポケットからケータイを取り出して、証券会社のウェブサイトから株を売却。「まただ。また損をしてしまった......」と暗い気持ちになりました。
しかし、反省している暇などありません。なぜなら、明日の朝イチのミーティングまでに、販売企画の資料を仕上げなくてはならないからです。私は腕まくりをしてパソコンに向かい、パワーポイントを開いて資料作成の続きにとりかかります。画面のすみに小さく、ヤフーファイナンスの株価チャートとニュースを表示しながら......。
ある日曜日。仕事と投資で疲れた頭をかかえて途方にくれていた私は、図書館に立ち寄りました。そこで、手に取った本を1ページ読んで、私は雷に打たれたような気がしました。そこにはこう書かれていたのです。
「個人投資家にとっては、個々の株式を売買したり、プロのファンドマネジャーが運用する投資信託に投資するよりも、ただインデックスファンドを買ってじっと待っている方がはるかによい結果を生む」
......それってお金を寝かせておくだけでいいってこと?
最初、よくあるトンデモ本ではないかと警戒しました。しかし、よくよく調べてみると、1973年に初版が出版されてから30年経ち(当時)、改訂を重ねながら世界中で読み継がれる超ロングセラーだったのです。
まさに「時の洗礼」を受けてきた名著であるということがわかりました。
しかも、この本の主張は、国内外の学者たちによるさまざまな研究で実績が証明されており、プロの間ではよく知られた事実であることまでわかってきました。
いつも投資のことが頭から離れず、仕事も中途半端になっていた私は、「これしかない!」と思ったのです。のちに私を投資の悩みから解放し、人生を大きく変えることになった、その本のタイトルは『ウォール街のランダム・ウォーカー』。
*
*
*
こんにちは、私は水瀬ケンイチといいます。
仕事のかたわら、零細個人投資家として15年前に出会った「インデックス投資」という投資法を実践しています。その実践記を「梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー(インデックス投資実践記)」というブログで公開しています。ありがたいことに、そのブログが皆さまにご好評をいただき、こうして本を執筆する機会をいただきました。
はじめからうまくいったわけではありませんが、試行錯誤を経て、現在はほとんど手間をかけることなく投資ができるようになっています。
15年前、インデックス投資のことについて書かれた本は日本にはほとんどなく、洋書の翻訳版くらいしかありませんでした。現在でこそ増えてきましたが、そのほとんどが、金融機関の人やその関係者によって書かれたものです。
プロが自分の専門のことを書くのは当然のことです。
しかし、一方で、情報の提供者は、自分のビジネスに読者を誘導することで、自社の利益につなげることができます。金融機関の儲けは投資家の損という利益相反があり、金融機関の著者が書く本は、100%読者の側に立った情報とはいえない面もあります。
また、本は書いても、その投資法を自分では実践していない著者も多いようです。金融機関や新聞社などでは、インサイダー取引防止の観点から、社員が投資をすること自体に制限がある場合もあるからです。
そこで、金融機関の著者ではなく、インデックス投資の長期実践者が経験にもとづいて書くインデックス投資本があってもよいのでは......と思い、筆をとったのが本書です。
インデックス投資の長期実践者が少ないのはなぜ?
しかし、インデックス投資で儲けた人の話を、あまり聞いたことがないはずです。株で儲けて家を建てた人の話や、不動産投資で大儲けした人の話は、テレビや雑誌で見聞きしたことがあるのに(反対に、大損した人の話もよく見聞きすると思いますが......)。
それもそのはず。
日本にはインデックス投資の長期実践者がまだほとんどいません。
なぜなら、日本でマトモなインデックス投資ができるようになってから、まだ10年も経っていないからです。
15年前に日本でインデックス投資をしようとすると、ロクな商品はないわ、サービスはひどいわ......と、さまざまな困難が伴い、とても継続できる状態ではありませんでした。
だから、日本にはインデックス投資の長期実践者がまだほとんどいないのです。
私は『ウォール街のランダム・ウォーカー』の雷にうたれて以来、米国の主婦が当たり前のようにやっているインデックス投資を、四苦八苦しながらも、なんとかかんとか日本で継続してきました。
しかし、実際の投資は、教科書どおりにはいきません。その経験をもとに、実践者の本音ベースのインデックス投資本を書こうと思いました。
現在、私が住んでいるのは東京都大田区。
梅屋敷という駅の近くで、小さな町工場が多い下町です。向かいのアパートでは、おばあちゃんが干した布団を叩いています。近所の公園では、都会ズレしていない素朴な子どもたちがワーワー言って元気に遊んでいます。
梅屋敷商店街には昔ながらの八百屋さん、お肉屋さん、雑貨屋さんなんかがいつもどおりのんびり営業しています。路地裏には今日も野良猫がニャーンと鳴いています。
そんな下町の梅屋敷商店街から、ほとんど手間をかけずに、遠く海の向こうの米国から、ヨーロッパ、アジアまで世界中に投資ができます。
しかも、その投資成績は、米国の金融の中心であるウォール街の金融のプロたちの大半を打ち負かしていると言ったら、あなたは驚かれますか。
ほとんど手間をかけずに、利益だけで高級車が何台も買える程度に資産が増えていると言ったら、あなたは驚かれますか。
日本の下町発「梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー」が、米国の「ウォール街のランダム・ウォーカー」の世界に、皆さまをご招待します。
大丈夫です。誰にだってできる投資法ですから。
私がインデックス投資をおすすめする理由
インデックス投資とはどんな投資法でしょうか。
本書では、『ウォール街のランダム・ウォーカー』で推奨されている「世界中に分散したインデックスファンドを積み立て投資して長期保有すること」をインデックス投資と呼ぶことにします。
「世界中に分散ってなに?」
「インデックスファンドってなに?」
「積み立て投資ってなに?」
いろいろな疑問が頭をよぎるかもしれませんが、それはのちほどゆっくりとご説明するとして、ここではまず、私がインデックス投資をおすすめする理由をお話しします。
私がインデックス投資をおすすめする理由は次の3つです。
①手間がかからないから
②実は世界標準のスタンダードな投資法だから
③お金の基礎知識として日常生活に役に立つから
おすすめする理由① 手間がかからないから
世の中にはたくさんの投資法があります。基本的には、投資対象銘柄を選択し、タイミングをみて売買することで利益を得ようとするものです。
しかし、インデックス投資は、銘柄選択もしなければ、投資タイミングもはかりません。基本的には、世界中の株や債券に分散したインデックスファンドを、毎月定期的に同じ金額を積み立てて、あとは寝かせておくだけ。
「手間がかからない」という一点において、おそらくインデックス投資の右に出るものはないと言っても過言ではありません。
おすすめする理由② 実は世界標準のスタンダードな投資法だから
私たちが「インデックス投資」という言葉を知らなかったとしても、実はそれは個人投資家の間だけの話です。
金融のプロである世界中の年金基金や信託銀行、生命保険会社などの機関投資家の間では、スタンダードな投資法として積極的に採用されているのです。
たとえば、公的年金を運用する日本最大級の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用資金145兆円のうち、77%を占める112兆円がインデックス運用されています(2017年3月末時点・出所は年金積立金管理運用独立行政法人サイト)。
知らぬは個人ばかりで、金融のプロの間では、インデックス運用は世界標準のスタンダードな投資法だったのです。
おすすめする理由③ お金の基礎知識として日常生活に役に立つから
最近では、自分で運用商品を選ぶ形の確定拠出年金(DC)を採用する企業が増えています。
会社に入ると、まだ右も左もわからないなかでいきなり「確定拠出年金の運用商品を選べ」と言われます。もちろん、導入研修などが行われてはいますが、今まで預貯金しかしたことがなかった人たちが、なんの金融知識もなく、確定拠出年金の研修を受けると、なにがなんだかわからず面食らってしまいます。
ところが、この確定拠出年金の研修テキストが、ほとんどそのままインデックス投資の教科書そのものなのです。理由2でも述べたように、年金運用でもインデックス投資はスタンダードな投資法なので、確定拠出年金運用の際にも、同じように投資すればよいということになります。
私の勤務先でも、数年前に確定拠出年金が導入されました。導入研修を受けた社員たちが「投資信託ってなんだ?」「リスク?リターン?なにそれ?」と大混乱しているなか、私は「なーんだ、インデックス投資そのものじゃん!」と余裕しゃくしゃくでした。
また、近年増えている金融詐欺についても、インデックス投資の標準的なリターン水準を知っていれば、詐欺師がうたっている「確実に年利10%」とか「10年で10倍」などという高リターンがあり得ないインチキレベルであることがすぐにわかるはずです。
このように、インデックス投資は、お金の基礎知識のひとつとして、日常生活にとても役に立ちます。
以上の3点が、私がインデックス投資をおすすめする理由です。
聞き覚えのない「インデックス投資」が少し身近に感じられるようになってきましたか。まだですか、そうですね。
これからじっくり解説していきますから、大丈夫です。
銀行や証券会社を信じてはいけない!
これからあなたが足を踏み入れようとしている投資の世界の「金融商品」というものは、他のモノやサービスとはまったく異なる特徴を持っています。
たとえば、自動車であれば、お金を払って自動車を買うと、歩くよりも早く移動できるようになります。当たり前の話ですね。この早く移動できるようになるという価値に対して、私たちは自動車メーカーにお金を払います。
スマートフォンであれば、離れたところにいる相手ともコミュニケーションができるようになるという価値に対して、私たちは携帯電話会社にお金を払います。
レストランでは、自分が料理をしなくても温かい食事を作って運んでもらって食べられるという価値に対して、私たちはお金を払います。
一方で、これから出てくる金融商品はいずれも、お金を増やす(可能性がある)という価値に対して、私たちはお金を払います。
お金を増やすために、お金を払う。
あれ?なんかおかしいですね。
金融商品は、得られる価値も払う対価も同じお金という点が、他のモノやサービスとまったく異なります。
このことは、金融商品を販売する銀行や証券会社(金融機関)が、どうしても私たち投資家と利益相反関係になってしまうことを意味しています。
簡単にいえば、(利益)を、金融機関と投資家でぶん取り合う関係になってしまうということです。
燃費が良い車を教えてくれる親切な自動車屋さんや、美味しい料理やお酒のことを教えてくれる親切なレストランの店員さんとは違い、金融機関の人はいくら親切だったとしても、本質的に、利益を取り合う相手なのだということを覚えておいてください。金融機関の人が親切に教えてくれた金融商品は、もしかしたら、あなたではなく金融機関の方が儲かる商品なのかもしれないのです。
だから、普通のモノやサービスと違い、こと投資に関しては、プロにすべて任せるのではなく、最低限のことは自分で学んで行うべきものなのです。
金融機関の人と投資家の間に利益相反関係があるのであれば、なんのしがらみもない投資家同士で投資のことを教え合うことにはスッキリとした合理性があります。
ちょうど、今あなたが「個人投資家が書いた本」を読んでいるように。
投資のことを学ぶといっても、なにも難しいことはありません。
大人であれば誰だってできるやり方があります。
それがインデックス投資です。
本書ではインデックス投資について、経験を交えながら順を追って解説していきますが、投資未経験者のかたは、まず、コミックだけ第1話から第4話(最終話)までを続けて読んでいただくことをおすすめします。そうすれば、この投資法のイメージがわくと思います。その後にじっくりと本文に目を通していただけると、より理解が深まるでしょう。